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 JR京終駅前のオーガニックマーケットからのブログです。自然食品やエコロジー雑貨、フェアトレード商品を扱っています。  物語のある製品と作り手の風景を伝えながら事業をささやかにすすめています。
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例えば・・・・・・・
例えば、あなたが例えば、とても貧乏で食べるお米のない暮らしをしていたとしよう。

例えば、私がお金持ちで、蔵にたらふくの米を積み上げてあったとしよう。私はあなたに「どうぞどうぞ、このお米を食べてください。」「いえいえそんなわけにはいきません。私はそのお米を買うお金が今ない」「気になさらないで、うちには有り余るお米があふれていますから。」「では、一筆書いて返すやくそくしましょう。」「いえいえ、そんな必要もありません。どうぞお食べ下さい。」「はあ」少し合点がいかないまま、だけどあまりの空腹に、
あなたはお米を食べました。後日、私の母上が来てあなたは「あなたの娘さんにお米を借りているんです。」
「ははは、そんなことは気にせずに、」「はあ、でもまだ事業がうまくいかないからすぐにかえせませんが」

そして、二年近くたち。突然、「あの時のお米の代金を返してください」と。請求書が送られてきたとします。

あなたはどう思いますか?あなたはいただくつもりはなかった。払えないから、断ったのです。でも、相手は
聞き入れなかった。なのに突然、請求がきた。払えない金額で。どうしても返してもらわないとこまるから、
合意書を取り付けた。無理な返済方法だった。仕方なくあなたは従った。でも、はじめから無理は分かっていたので返済はできなくなった。私は合意書を振りかざして一括返済をせまった。あなたはどう思いますか?

なんと身勝手なわたしでしょう。私のどこが間違っていたのか?安易に人にお米を提供してしまった。

なんらかの理由で請求の必要がでてきた。そのとき、人たるもののモラルとして、「あなたにお米をあげるつもりでいたけれど、できなくなりました。すみません。」この言葉がさきではないかと。どうでしょうか?

これは、揉め事の発端です。お米ではないけど実際に起きたトラブルなんです。あなたの役割が実は私たちの
今おかれてる立場なんです。こうしたいきさつを私たちは世間にひとつひとつ明かしていきたい。そして、いろんな見かたをしてもらいたい。そう思っています。
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おせっかいもほどほどに・・・・・・
 頼みもしないのに、自分から世話をやく人がいる。結果的にそれが役にたち、世のため人のためになり、

相手からいくらか感謝されたら、それはそれなりに幸福感があり、自己満足というメリットもかなうものかもしれ

ない。されるほうはどうなのか?ありがたいけどお断りする。私の基本はそうである。しかし、そう硬いことばかり

いっては社会など渡り行けるものでもない。何度か断っても聞き入れないときは、しょうがない、「相手がそうし

たいのだ」と受け止めることにしている。今回の一連の配食事業のトラブルはそれが発端である。

相手に地位や権力があれば、なおさらたちが悪い。私は良いことも悪いことも、一方的に押し切ることを権力と

呼んでいる。自分の思うようにしたいまま行動して、都合が悪くなると噛み付く。強者は法律の使いかたがうま

い。正確には法律を入念に使いこなすための策をねる暇がある。・・・・・と私は思っている。

「法ではなく哲学で」経営の神様、稲盛和夫さんの言葉だったと思いますが、今本当にそう思います。
突然の訪問者・・・・・  

 今日が最後の配食となった。みんなにできるだけお手紙を書き、食材を精一杯使って、最後のもてなしをした。おいしいかな・・・・・・?じいちゃんばあちゃんたちのお礼のお手紙をたくさんもらって至福の思いもさせてもらった。思えば、私たちの百日戦争。実はまだまだ今からなのだけど。

ブログをみて、以前お店を手伝ってくれていた司法書士の卵のF君が電話をくれた。本日の最後の配達を手伝ってくれるという。普段どちらかというと無機質な人間なのだけれど。

人ってわからないものです。いつ、誰が、何処で、助けられるかわかりません。

無機質な人間が、人の心を救うこともあるのです。案外それは、相手にとって善意でもなんでもないことかも
しれません。本日加勢してくれたF君も、途中、思いがけないスコールに巻き込まれたにもかかわらず、戻った
時は清々しく、「配達を堪能した」と笑っていた。働くこと・・・・・ってなんだろう。仕事って・・・・・

生活力は必要だけど、お金なしには、生きられないけれど、人はそればかりでは生きられない。

幸福感は、案外お金や欲とは無縁の、むしろ正反対の場所にあるのかもしれない。


おびなた農園から、新種りんごと生プルーン
 りんごの季節到来の信州おびなたのうえんから、新種のりんご幻のりんご「ドルチェ」が近日

入荷します。地元信州でも珍しく飛ぶように売れているというこのりんごは、縦長で千秋(せんしゅう)とジョナ

ゴールドのかけあわせ。少し値段は高いけど、300円。でも限定10個なのでぜひ一個食べてみてください。

今季最初で最後です。予約受付しています。続いて、生プルーンの販売。丸かじりできるおいしさ。

ドライフルーツかジャムしか知らない皆さん、生でプルーンをかじってみませんか?

シロップ漬けのレシピも作成中。ただいま青りんごでは、いや、あすなら一番街では、りんごの丸かじりが

ブレイク中。ナイフのない日に入荷して、私がつがるをかじったのが発端ですが、マルーさんは必ず一日

一個か二個丸かじりするのが日課です。とってもおいしそうにぎりぎりまで全部食べてくれます。

ちょっと青くてすっぱいりんごが彼女のお好み。みんなも一度信州りんごのまるかじりにご参加を。

注意・・・・・・あすなら一番街の前のフロアは飲食禁止です・・・・・なので丸かじりチェアを用意してます。

お気軽に!
                     以上入荷情報でした。   がんばれなかこし!
くらげになる日・・・・・愛しの葡萄ピオーネ
 灰谷健次郎さんのエッセイ、「優しさという階段」のなかにある「くらげになる日」という章が好きだ。

一節を披露しよう。「自分でも不埒なと思うが、どんなに忙しくても、どこかぼんやりして無責任なところが自分

にはある。」「そんな時自分は怠け者だなあとも思うし、またそんな快感を覚えなくなったらにんげんもおしまい

だとも思ったりする。」私たちには今が正念場。まさに峠を越えんとする大事な時期である。また苦しさも辛さも

底をつきいよいよ這い上がらんとする時期でもある。不思議なことに、私のなかには穏やかな音楽が流れ、

初秋の風と大和の山々と青くなった空が優しい気持ちになることがある。仕事人間のつれあいから朝方、

「きれいな朝焼け」とひとことメールがきた。つれあいも心なしか同類かな?と思うことがある。その穏やかさの

中には「出来ることはすべてした」そんな思いがあるのは事実である。灰谷健次郎さんの一節を借りたのは

私の言い訳である。お金がなく大変な時に私は一房680円の種無しピオーネをほおばりひとときの至福の

時間を味わっている。また言い訳になるけれど、その代わり、飯はなんでも良い。金をかけずに三度のご飯

は楚々と済ませる。酒飲みが仕事のあとビールを飲むように、喫煙家が仕事の合間に煙草を味わうように

(これはどちらも、つれあいへのあてつけ?か言い訳?)私はこの時期、ピオーネを味わう。
[つづきはこちら]
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