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JR京終駅前のオーガニックマーケットからのブログです。自然食品やエコロジー雑貨、フェアトレード商品を扱っています。 物語のある製品と作り手の風景を伝えながら事業をささやかにすすめています。
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心、対話・・・・・
ひとしきりの考え、人の意見、角度を変えた思い、そのあとで、もう一度くまなく考えるのが私のくせ・・・・・
思えば、人に作家さんを伝え歩くなど、私のしたいことで、結果自己満足にしかならない。相手はそんなことを 望んではいないのだ。私の思いあがりだった。つい、気を許して、実家だの田舎だの高山だの行商するなどと 言ったものだから、相手は逆に不信感を持ち、猜疑心を募らせ、心配を張り巡らせて、気が気でなかったのかもしれない。もとより、作り手の思いを置き去りにして、何処かれなく売り歩くつもりはなかったのだけど、私の うかつな発言が心配の原因になったのなら、それは私の責任だろう。謝らないといけない。 心の伝え方がたりなかった。立ち止まって話すことができなかった。私はもう、この先、ひとつ残した福祉作業所さん以外、委託販売をすることはないだろう。もう二度と・・・・・・ 仮に熱いものに出逢ったとしても、はるか離れたところから、後づさり見ていることにしよう。 間口の狭い仕事を選ぼう。人の優しさに甘えすぎず、とかく人間は優しいほうへ流れていく生き物なので。 PR
ただ、哀しいこと
残りの人生を使って広めようと思っていたことがある。大切に温めていたことだった。
人の心の通う、さじ加減ほど難しいものはない。程よく、いい加減、・・・・・は愚かな人間たちの最も不得手 とする科目かもしれない。この愚かな人間とは、自分のことなので念のため・・・・・ 術後、高山のさとこさんが退院され、からりとした明るい声を久しぶりに聞いた。一箇所転移があり 高い治療費がかかるらしい。医師に最初に言われた言葉は「薬のお金がありますか?」つまり懐と相談 しなさい・・・・・ということらしい。さとこさんはお金はないけど治療を受けることにしたらしい。 けらけらと笑っていた。絶望の淵にいたこともあったろうに・・・・・高山のギャラリー兼ペンションにも 私が広めようとした作品を並べてもらうはずだった。風の子さんも気にいっていた。 実家のある県南にも、話してあった。今月中にも持参する予定でいた。正月には義父母が待つ小豆島にも もって帰るつもりでいた。その人と頑張るつもりだった。たくさんの人を期待させて、断ち切られた・・・・・ 仕方ない。人とのバランスほど難しいことはない。私は傷ついているけれど、ただ黙って歩くしかない。 じたばたしてもしかたがない・・・・・にんげんはどんな時でも、たいていはただ黙って歩くしかない。 人から中傷をうけたとしても、たいていはただ黙って歩くしかない。今日もその人の幸せを祈り続ける・・・・・
物のうわべの向こうがわ・・・・・続
私は身体を壊したり、感情面で迷惑をかけたときは、家族であっても「ごめんね」「ありがとう」と言うくせがある。
そんなん家族やないゆう人いるかも知れないが、私はひとりで孤独の淵で生きた数年があり、その時代のうつむいてもくもくと歩いた教訓から、そんなくせがついている。毎日、仏様に向かい、経を唱えて不運でも何とか、一日暮らせるように祈る習慣もある。周囲の人の名前を挙げて、出来れば幸せを祈るのだけど、その家族に加えて、今日からある人の幸せを祈ることにした。 「きっと大変なんだよ」事情を知らない娘が、夜中つぶやいた。私の娘もまた、長い間、ひとりで闇を歩いてきた経験がある。「いろいろなことがきっと大変でどうしようもないのかも」ぼんやりしているようで、意をつている。 「そうだね・・・・・」 灰谷さんの著書に「絶望の淵にあってなお美しく生きようとする人間のいとおしさ」などという文面があったけれど、また絶望をくぐらないと本当の優しさはないと・・・・・・。また、勉強をさせてもらっているのだ。人生は死ぬまでほとんどが修行なのだ。人は生きてる限り、裏切るのだ。私も人を裏切るただの人間に過ぎない。いや、普段信頼があるほど、裏切り感は強いかもしれない。いずれにしても、なかこしも失敗はするし、人も知らずに裏切る・・・・・と思っていただいた方がいい。昨日、人と話していて「きれいごとに聞こえるかもしれないけど自分は弱者だしものの言えない弱者の味方・・・・・」といってからふと、気がついた。実は人間はみんな弱者なんだ。目の前の人も普段の姿に捉われてしまうけど、実はみんな弱いんだ・・・・・・この人は強い なんて勝手にきめてはいけないんだ。そう思ったとき、本当に目の前の人の幸せを祈るしかないと・・・・・ ずっと、幸せを祈り続けようと思いました。身体は気をつけて下さいね。 二年目の青りんごは、自立と共存・・・・・このテーマのキイは娘が持っていると思います。あすならの青りんご は社会貢献をしながらオーナーは私から、娘に、もしくは若い人にと継承して行きます。
物のうわべの向こう側
そういえば、昔何度か・・・・・・・そんなことがありました。 辛くて、今日はずいぶん泣きはらしましたが
風の子の禎子さんと私
同業者で唯一、商売しながら緩やかな風を通わせている、風さんと私について、少し話します。
お互いの家族模様がそこに共有していて、わざと緩やかな風を流していると言えばわかるでしょうか? 商売は事業は厳しいものには違いないけれど、社会はそれだけで成り立っているわけではないこと。むしろ、 その穏やかな風が厳しい世の中のどんなに救いになっているかということ。そして、事業に厳しければ厳しい人 ほど、疲れたとき落ち込んだとき、挫折を経験したときに、緩やかな風の持ち主にどんなに救われるかというこ と。その恩恵があればこそ、たとえ病に倒れても、それと向き合い、それを見つめて、また克服して元気に生き ていけるということ。いきおい増して前に進む人たちは、その時の支えになった緩やかな風を決して忘れて生き てはいけないと思います。かぜの子さんと私はその共有部分を大切に付き合うつもりです。 そのつながりに土足で踏み込むことは、どんな恩人でもできないことであり、つけた泥はきれいに拭いていって もらわねばなりません。例えば青りんごがミスをしてもその矛先はなかこしにむけるものであって、関係のない 風の持ち主にはむけてはいけないと思います。世の中は前向きでただただ頑張る人ばかりで成り立っている訳 ではないからです。緩やかな風の持ち主は、一見、暇で気楽に見えますが実は、水面下でものすごい努力を していることが多いものです。また、人一倍悲しい思いも経験していると私は思います。 | 最新CM
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