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 JR京終駅前のオーガニックマーケットからのブログです。自然食品やエコロジー雑貨、フェアトレード商品を扱っています。  物語のある製品と作り手の風景を伝えながら事業をささやかにすすめています。
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この世の縁を・・・・・・
 私の父は、大正生まれの双生児である。一卵性というのかなんかよく分からないけれども、兄弟は瓜二つで昔から、家族でさえ見間違えるほどであった。一家は七歳で実母を亡くし、戦乱期の十代後半、水軍に入るまでをどんな風にか肩を寄せて生きたと思われる。家系は書き物が好きで、兄弟とも、達筆といえ、私の父は、今でいうグラフィックデザイナー。家にこもって広告のパターンを作ったり、書いたりの当時は貴重な手仕事師だった。今でこそ・・・・・パソコンを使えば誰でも或る程度のPOPや名刺、チラシ、パンフ、ポスターなどは簡単に作ることができる。親族はデザイン、美術関係の仕事についている人間もいる。また達筆の腕を買われて何かにつけ、書き物のボランティアに借り出されることも多い。

その、双子兄弟の兄が亡くなった。通夜の席で読み上げられる、故人の生年月日は、父と同じ・・・・・・・・
ああ、やはり双子だったんだ・・・・・と改めて確認した。父母は参列もやっとの足取り、83歳、さすがに同い年の兄の死は堪えている。高齢者は別れの辛さ悲しさよりも、自分がこの世にいる日々の少なさ、眼前に迫る死への恐怖が重なり、辛さは倍増する。いよいよ支えていかねばならないのは私たちである。最近は身内だけの葬儀も多いけれど、日々参列者の様子も変わっている。今生の別れはつらく悲しいけれど、昔は誰かの孫だとかが一人二人走りまわって、子供だから許されたり、かえって人のなぐさめになったりした。また、故人の最後の役割というか、普段会わない親戚がとりあえずも一同顔を合わせるのが暗黙の流れだった。次代の人間はそうして年寄りに代わって先祖代々をつないでゆくのが、役割であった。親戚の少ない私達もそうやって、家族の次につながる血縁を覚え親近感と心強さを覚えていった。最近は何とも希薄で寂しい。通夜には家族全員で参列した。故人との別れを悼み冥福を祈ること、そして家族にやがて訪れる別れの心覚えを何となく伝授すること、残された老父母とのこの世の縁を改めて大切に過ごすこと、家族とは別れの日まで、別れたあとも家族であること・・・・・・そういえば・・・・・ちょっと、どろっとした昔の親族の喧嘩もなんか懐かしい。年老いて、いつの間にか仲良くなっている。不思議・・・・・いつの間にか、忘れてしまっている不思議・・・・・・ちなみに故人はとても穏やかで、なのに自分に厳しく、一途な宗教家で、親族の喧嘩にも縁遠く、ふんわりとしたおじいちゃんでした。双子の孫たちは、初対面を果たしよく似た今どきのホストのようなファッションで一緒に父母の世話をしてくれていた。父に、亡きおじいちゃんを見ていたのかもしれない。双子の甲斐があった。いくらか親族の慰めになったかもしれない・・・・・・・。ありがとう、遠い昔、双子を産んでくれた顔も知らないおばあちゃん。そして、亡くなったたった一人の私のおじさま。白髪の長い実直な芸術家。
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